【九州・長崎:雲仙温泉ワンポイント情報】
■島原半島中央にそびえる雲仙岳一帯は、日本初の国立公園に指定された温泉保養地。硫黄のにおいと水蒸気に包まれた大小30からなる雲仙地獄はキリシタン殉教の舞台になった所でも知られており、哀しい歴史と悲話が今に残る。
平成2年に噴火した「平成新山」を近くに眺め、春はミヤマキリシマを楽しむことができる。
| 雲仙温泉 |
【温泉の泉質・効能‥】 |

雲仙温泉
画像:Wikipedeia:日本の温泉画像一覧より引用
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【泉質】
【効能】
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【雲仙温泉】
雲仙温泉(うんぜんおんせん)は、長崎県雲仙市小浜町(旧国肥前国)にある、キリシタン殉教悲史の舞台で世界的に有名な温泉。日本初の国立公園(雲仙天草国立公園)に指定された温泉保養地である。
《アクセス》
長崎市内より車で80分のところに位置する。
●車 : 長崎自動車道諫早ICより車で60分。
●鉄道 : 長崎本線諫早駅よりバスで70分。
●飛行機 : 長崎空港よりバスで100分。
《泉質》
硫黄泉
●効能
血行促進、疲労回復、リウマチ、慢性皮膚疾患など。
※ 効能は万人に対してその効果を保障するものではありません。
《温泉街》
1990年(平成2年)に噴火した雲仙普賢岳を近くに眺め、春はウンゼンツツジ(ミヤマキリシマ)を楽しむことができる。その他地獄めぐりなどでも知られている。
共同浴場は、湯の里共同浴場、新湯温泉共同浴場、古湯地区に湯の里温泉共同浴場、小地獄温泉地区に小地獄温泉館などが存在する。
《歴史》
開湯は701年(大宝元年)に、行基によって温泉山満明寺が建立されたことに始まる。同時に四面神を祀る温泉神社も建立されたとされる。
温泉地として開発が始まったのは約350年前、松平忠房の命により湯守を勤めた加藤善右衛門が湯宿(現在の湯元ホテル)を設置したことによるとされる。
幕末には吉田松陰が当地を訪れた。またシーボルトらにより海外へも紹介された。
明治・大正期には上海租界の欧米人の保養地として繁栄した。当時、長崎は上海の蒸気船などに対する石炭供給地であり、雲仙温泉及びふもとの小浜温泉とともに上海租界の後背地を形成していたのである。長崎から雲仙・小浜両温泉への交通路は、諫早までの鉄道から先は最初は船による航路が開かれ、次いで島原鉄道、雲仙鉄道、小浜鉄道が整備された。しかし雲仙鉄道と小浜鉄道はバスにシェアを奪われ、ほどなく廃線となった。
1920年(大正9年)には吉井勇が当地を訪れた。
1934年(昭和9年)に国立公園に指定されるまでは、「温泉」と書いて「うんぜん」と呼ばれていたが、指定の際に雲仙と改められた。
1956年(昭和31年)6月15日、国民保養温泉地に指定。
1962年(昭和37年)3月10日、国民保養温泉地の範囲を小浜温泉まで含んだものに変更。
『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
【アクセス】
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【雲仙観光協会】
■ 主要宿泊施設一覧 ■
画像提供:一休com・じゃらんnet
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